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東京地方裁判所 平成10年(ワ)4447号 判決 2000年10月31日

甲・乙事件原告

株式会社○○

右代表者代表取締役

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

篠田暉三

野原泰

甲事件被告

乙野二郎

丙野三郎

乙事件被告

株式会社××

右代表者代表取締役

乙野二郎

右三名訴訟代理人弁護士

三浦修

甲事件被告

丁野四郎

右訴訟代理人弁護士

黒嵜隆

田伏岳人

主文

一  被告乙野二郎、同丙野三郎及び同株式会社××は、別紙顧客目録記載の者に対し、面会を求め、電話をし、郵便物を送付するなどして放射線量の測定契約を締結したり、締結方の勧誘又は同契約に付随する営業行為をしてはならない。

二  被告乙野二郎、同丙野三郎及び同株式会社××は、別紙営業秘密目録記載の原告の顧客資料に登載された入力情報又は原告の顧客資料の写しを廃棄せよ。

三  被告乙野二郎、同丙野三郎及び同株式会社××は、原告に対し、連帯して二五〇万円及びこれに対する平成一〇年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告の被告丁野四郎に対する請求及び同被告を除く被告らに対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、原告と被告乙野二郎、同丙野三郎及び同株式会社××との間においては、原告に生じた費用の五分の四を右被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告丁野四郎との間においては、全部原告の負担とする。

六  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告らは、別紙顧客目録記載の者に対し、面会を求め、電話をし、郵便物を送付するなどして放射線量の測定契約を締結したり、締結方の勧誘又は同契約に付随する営業行為をしてはならない。

二  被告らは、別紙営業秘密目録記載の原告の顧客資料に登載された入力情報又は原告の顧客資料の写しを廃棄せよ。

三  被告らは、原告に対し、連帯して三八〇万八九二三円及びこれに対する平成一〇年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  三項につき仮執行宣言

第二  事案の概要

原告は、各種放射線測定機械器具の販売等を目的とする会社である。被告乙野二郎、同丙野三郎、同丁野四郎はいずれも原告の元従業員であり、被告株式会社××(以下「被告会社」という。)は右被告らが設立した同種の営業を目的とする会社である。

本件において、原告は、被告乙野及び同丙野が在職中原告の営業秘密を不正に取得し、被告らがこれを利用して営業活動をしていると主張して、不正競争防止法二条一項四号、五号等に基づき、営業行為の差止め及び損害賠償(被告ら全員に訴状が送達された後の日である平成一〇年七月三日以後の年五分の割合による遅延損害金の支払を含む。)を求めている。

一  当事者間に争いのない事実等(証拠により認定した事実については、末尾に証拠を掲げた。)

1  原告は、原子力関係及び労働安全衛生関係の保安用品、各種放射線測定機械器具の販売及び輸出入業務を目的とする株式会社である。

2  被告乙野二郎は原告会社にかつて在職し、在職中は放射線を測定する線量計測統括部長の職にあった者、被告丙野三郎は原告会社にかつて在職し、在職中は線量計測部の部長の職にあった者であるが、共に平成九年四月三〇日に退職している。

被告丁野四郎は、原告会社にかつて在職し、在職中は管理本部専門部長の職にあり、平成八年六月三〇日に退職している。

被告会社は、原告と同種の事業を目的とする株式会社であり、右被告三名はいずれも設立当初その代表取締役に就任している。

3  被告丙野は、原告会社に在職中の平成八年秋ころ、被告乙野の指示を受けて、部下である戊野五郎(以下「戊野」という。)に対し、原告会社が放射線の測定を依頼されているすべての事業所につき、別紙営業秘密目録記載の①からの情報(以下「本件顧客情報」という。)のデータを作成するように命じた。(被告丁野の関係で、甲三三、証人戊野)

4  戊野は、右の指示に基づき、原告会社のホストコンピュータに記録されている事業所につき前項記載の事項を編集してフロッピーディスクに記録した。(被告丁野の関係で、甲三三、証人戊野)

5  被告会社は、原告会社の顧客を含む事業所に対し、原告会社の測定料金との比較を記載した広告文をダイレクトメールで郵送し、原告会社より安価に放射線量の測定ができることを宣伝し、測定サービスの契約を勧誘している。

二  争点

1  原告会社が保有する本件顧客情報は営業秘密に当たるか。殊に、秘密として管理されているか。

2  被告らは、本件顧客情報を不正に取得し、これを用いて営業活動をしているか。

3  原告の損害額

三  当事者の主張<省略>

第三  当裁判所の判断

一  争点1(営業秘密性)について

1  秘密管理性について

(一) 証拠(甲二六ないし三一、三三、三五、五〇、証人渡邉、同戊野、被告乙野、同丙野)によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告会社では、平成八年当時、秘密の保持に関し次のような規則ないし仕事の基準が設けられていた。すなわち、

ア 「就業規則」(甲二六)の六条七号には、従業員が守るべき事項として「自己の担当であると否とにかかわらず、会社の機密事項または会社の不利益となる事項を他に漏らさないこと。」が規定されていた。

イ 顧客との間の「個人線量測定サービス規約」(甲二七)の一〇条には、モニタリングサービスによって知り得た機密に関する情報を第三者に公開しない旨規定されていた。

ウ 平成三年七月二四日実施の「ソフトの開発について」と題する仕事の基準(甲二八)によると、業務に用いるソフトの開発に関し、①新しく業務に用いるプログラムを作成する場合、②既に存在する業務用プログラムを改造する場合、③その他業務で用いられているプログラムを一ライン以上変更する場合については、すべて線量計測統括部長の文書による承認が必要とされていた。

エ 平成四年九月一〇日実施の「モニタ別単価別測定件数リストの取扱いについて」と題する仕事の基準(甲二九)によると、営業所ではグループリーダーがこのリストを保管管理し、グループリーダーのみ閲覧可とするものとされていた。

オ 平成四年一二月二四日実施の「線量計測統括部より配布するFDの保管管理について」と題する仕事の基準(甲三〇)によると、線量計測統括部より業務用として各所属へ配布するフロッピーディスク(FD)の保管場所は、線量計測統括部の指定場所とすることとされていた。

カ 平成七年三月二〇日実施の「書類の破棄基準について」と題する仕事の基準(甲三一)によると、①お客様名称、個人名と線量の関係が明確に記載されているもの、②お客様名称と請求金額の関係が明確に表示されているもの、③システムの処理状況が明確に表示されているものについては、シュレッダー又は焼却処分とされ、お客様名称及びご使用者が一覧で明確に分かるものなどについては剥き出し破棄を禁止するとされていた。

(2) そして、原告会社では右の一般的な規則等の定めに関連して、次のような措置等がとられていた。

ア、イに関連して、被告乙野及び同丙野は、入社時に原告会社の諸規則に基づきその職務を遂行する旨の誓約書を提出していた。

エに関連して、平成八年当時は各営業所にパソコンが配備されていなかったため、営業所にフロッピーディスクを配布することはなく、書類を配布していたが、内容によっては線量計測統括部長又は線量計測部長の承認が必要とされていた。

オに関連して、フロッピーディスクは線量統括部の総務担当者が施錠されたキャビネットに保管していた。

カに関連して、実際にも使用済みのMOSの帳票類は、電算室に用意された再生紙用と焼却処分用の箱に分けて廃棄されていた。

さらに、線量計測統括部においては、通常の新配属者に対する研修のほか、部内で行われる研修において、放射線量の計測で得られた測定結果及び契約期間、契約単価等の各顧客に関する情報の管理については秘密を守るように特に従業員に注意していた。

(3) 原告会社の顧客は、事業所の数では一万四一八八か所、被曝線量の計測該当人数では二〇万五五〇〇名、年間測定フィルムの枚数でいうと二七〇万件に達している。これらの顧客に関する情報は原告会社のコンピュータに入力されているところ、被曝線量の変更・修正、測定者の変更(顧客先の従業員の入退社)、その他顧客から通知された変更事項については、担当の社員がMOS端末によって毎日、変更・修正・加入の作業を行っている(以下、この作業を「メンテナンス」という。)。メンテナンスは、MOSのオンライン画面を立ち上げ、個々の顧客先資料が出力されている状態で画面を見ながら行われるため、誰でも簡単に表示ができないよう「お客様コード」を知らなければ出力できないようになっている。

(4) コンピュータを用いた作業には、別にプログラムを新規に作成して新しい情報を出力させたり、既に作成済みのプログラムによってコンピュータから情報を出力させたりする仕事がある(以下「バッチ処理」という。)。バッチ処理は、メンテナンスとは異なる画面から行う処理であり、その操作方法もメンテナンスとは異なっている。バッチ処理の仕事ができる社員は、申野、壬野、癸野(課長)、戊野の四名に限られており、既に作成済みのプログラムによって資料を出力させるのも、この四名の中の誰かが担当することになる。そして、前記仕事の基準に基づき、顧客に関する資料につき、新しいプログラムを作成するときには線量計測統括部長の承認を要し、作成済みのプログラムによって資料を出力させるにも業務依頼書によって行うこととされていた。

(5) 右の作業により出力された顧客に関する情報についても、厳密な管理がされていた。すなわち、プリンタから出力された出力帳票については、どの端末からバッチ処理を実行しようと、その帳票が出力されるのは電算室内のプリンタからであり、プリンタを管理する者(カストマ課の担当者)の目に触れないで出力することは不可能になっていた。ホストコンピュータから出力されるMT(磁気テープ)は、室内に隔離された電算室のエリアにおいて施錠の上保管管理されていた。なお、MTを読みとるには原告会社と同一のハード及びソフトが必要であるが、このソフトは原告会社がコンピュータ製作会社に特別に開発させ自ら作成したものであるため、社外の汎用コンピュータでこれを解読するのは不可能であった。

(6) 原告会社においては、メンテナンス用端末機、日常運用端末機、システム開発用端末機の三種の端末が使用されていた。このうち、日常運用端末機及びシステム開発用端末機の処理手順は左記のようになっていた。

第一ステップ 端末機の立ち上げ(端末機のスイッチを入れ、端末が認識するキーワードをキー入力する。)

第二ステップ 一番大きな処理カテゴリーコードをキー入力する。

第三ステップ 処理の名前(プロジェクト名)をキー入力する。

第四ステップ 処理の名前(ライブラリ名)をキー入力する。

第五ステップ 処理の名前(タイプ名)をキー入力する。

第六ステップ 処理の名前(メンバ名)をキー入力する。

そして、右の処理の名前は、第二ステップから第五ステップまでは数十種類、第六ステップでは数百から数千種類あり、特定の処理を実行するのに必要な各ステップの処理の名前を知らない限り、目的とする処理を実行するのは不可能であるが、それを知るのは前述の四名の社員のみであった。

(7) 本件顧客情報は、被告丙野の指示に基づき、平成八年一二月初めころ、戊野が右システム開発用端末機を用いて新たに作成したものである。戊野は、このデータをLZH方式に圧縮してフロッピーディスクに収めて被告丙野に手渡したが、その後被告丙野の指示で同人のパソコンに右データを複写した上で解凍した(なお、このパソコンが会社支給のものか個人所有のものかについては争いがあるが、個人所有のものと認められることは、後記二のとおりである。)。

本件顧客情報のもとになる個々の顧客に関する情報について、コンピュータにアクセス可能な者であれば一件ごとに出力することは理論上可能であるが、事業所数で一万四千か所余りと膨大な数に及ぶため、実際の作業にはかなりの時間を要する。なお、このプログラムの作成作業は戊野のみが担当しており、他の社員が処理等を実行することは不可能であった。

(二)  右認定の事実を前提に検討するに、原告会社の社員は、本件顧客情報のもとになる個々の情報自体にアクセスすることは可能であるが、実際に出力するには第二ステップから第六ステップまでの処理手順を要し、しかも各ステップにおいて異なる処理の名前を入力する必要があるというのであるから、原告会社のコンピュータシステムにおいてはパスワードは用いられていないものの、実際上はパスワードが幾重にも設定されているのと同じ効果があると評価できる。また、本件顧客情報の収められたフロッピーディスクに、他人からみて秘密であることを認識できるような表示がされていたことを認めるに足る証拠はないが、被告丙野が戊野に命じて特に作成させたという経緯及び本件顧客情報の内容に照らし、これが秘密であることは原告会社の社員であれば容易に認識可能であると認められる。

右の事情に加えて、原告会社における秘密管理の態勢、本件顧客情報の性質等を総合して考慮すれば、本件顧客情報は秘密として管理されていたと認めることができる。被告乙野、同丙野の陳述書(乙一、二二)には、原告会社においては秘密につき明確な管理規定はなく、顧客管理データについては主任・課長以上の担当者であれば誰でも要求どおりのデータを見たり、データを出力できた旨の記載があるが、前記認定の事実に照らし措信できない。

2  有用性について

証拠(甲三五、証人渡邉)によれば、本件顧客情報は、原告会社が昭和三三年から三九年間の営業努力によって獲得した顧客に関する詳細な資料であり、同業他社にとっては極めて高い財産的価値を有するものと認められる。

確かに、本件顧客情報のもとになる個々の顧客に関する情報を一件ずつ出力できることは前記認定のとおりであるが、原告会社の顧客は事業所数で約一万四千と膨大な数に及ぶことからすれば、一覧性の観点から本件顧客情報の有用性は、なお損なわれないと言うことができる。

3  非公知性について

証拠(甲三五、証人渡邉)によれば、本件顧客情報のうち契約先の契約開始日、契約周期、契約回数、単価、顧客の担当部所などは、原告会社でなければ分からない情報であり、一般には知られていないことが認められる。被告らは、顧客の名前、住所、担当部所は公知の情報である旨主張するが、本件顧客情報の内容は右事項にとどまるものではないから、この主張は理由がない。

4  以上によれば、本件顧客情報は、不正競争防止法二条四項所定の「営業秘密」に当たるというべきである。

二  争点2(被告らによる不正競争行為)について

1  前記争いのない事実、証拠(甲一、一四、一五の1ないし5、一七、一八の1、2、一九の1ないし3、二〇の1ないし3、二一の1ないし3、二二の1、2、二三の1、2、二四の1ないし3、二五、三三、三四、三九ないし四一、四二、四五、四六、証人宮本、同戊野、被告丙野)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一) 平成八年一〇月一日当時の原告会社の線量計測統括部門の人事配置は別表一のとおりであるところ、線量計測部カストマ課に所属していた戊野は、同年一一月下旬か一二月初旬ころ、被告丙野から、値上げをするための検討材料にするという理由で、本件顧客情報を出力するように指示を受けた。

当時、右の事項をすべて網羅するプログラムは存在しなかったため、戊野は特別にプログラムを作成して、ホストコンピュータからデータを出力した。戊野は、このデータをLZH方式に圧縮して収録したフロッピーディスク及びプリントアウトした段ボール箱一杯の紙の形で被告丙野に手渡したが、被告丙野が解凍できないと言ってきたため、その日か翌日に被告丙野が会社に持ち込んでいた個人所有のパソコン(エプソン製)にこれを複写した上で解凍した。

(二) 戊野は、平成九年三月ころ、被告丙野から、本件顧客情報を再びフロッピーディスクの形で出すように指示を受けた。戊野は、同月一三日、前回と同様の手順でフロッピーディスクを作成し、被告丙野のもとに持参したところ、解凍できないと言うので被告丙野の個人所有のパソコンに再度これを複写した上で解凍した。そして、作業終了後、右パソコンの表計算ソフトを起動してデータが読み込めるかどうか確認をした。

(三) 被告丙野は、そのころ第二線量計測グループ長に発令されたため、ホストコンピュータから出力したフロッピーディスクは戊野に返却し、日常業務に使用したフロッピーディスクは収録したすべてのデータを消去(初期化)して、担当社員に返却した。

(四) 被告乙野及び同丙野は、平成九年四月三〇日付けで原告会社を退社し、既に退社していた被告丁野を加えた三名の均等出資で平成九年六月一一日被告会社を設立し、いずれも代表取締役に就任した。ただし、その後、被告丙野及び同丁野は取締役の職を離れ、被告会社の業務に従事していない。

(五) 被告会社は、平成九年九月ころから、原告会社の顧客である全国各地の事業所(合計二五七九か所)に対して、被告会社とのガラス線量計モニタリングサービス契約を勧誘するダイレクトメールを送付し始めた。

原告会社は、顧客からの問い合わせでこの事実を知り、調査したところ、被告会社の送付したダイレクトメールには次のような特徴が認められた。

(1) フィルムバッジ等個人線量計の使用周期は、原告会社の場合、一か月使用が全体の八五パーセントを超えており、使用期間が二週間及び半月の顧客は全国で約一〇パーセント程度であるところ、被告会社が平成九年一〇月から一二月にかけてダイレクトメールを送付した顧客のうち、期間二週間及び半月の顧客が二三パーセントを占めていた。

原告会社では、二週間及び半月の期間の顧客は、一か月の顧客と比べて約1.7倍程度の年間料金を要する体系になっていた。

(2) 原告会社の顧客において前払の事業所の占める割合は約六〇パーセントであるが、前記三か月の間に、被告会社がダイレクトメールを送付した顧客はすべて前払の事業所であった。

(3) 被告会社が平成九年一〇月から一二月までの間にダイレクトメールを送付したのは、ほとんどすべてが原告会社との契約が満了する一か月半から半月前の顧客である。なお、A株式会社は同年八月下旬にダイレクトメールの送付を受けたが、同社は平成九年二月七日付けで契約開始日を四月一日に訂正しており、訂正前の契約開始日は一〇月一日であった。

(4) 被告会社は、平成九年一〇月から一二月にかけて、原告会社の同業他社少なくとも三社の顧客に対してダイレクトメールを送付しているが、その件数はそれほど多くなく、右期間内に被告会社との契約に移行した顧客は一社だけであった。その後、平成一〇年に入ってから、被告会社による原告会社の顧客に対するダイレクトメールの送付件数が減り、その代わり右同業他社の顧客に対するダイレクトメールの送付件数が増えていった。

(六) 右ダイレクトメールの送付後、原告会社の顧客で原告との契約を中止したり、要求により原告会社が値引きに応じた事業所が続出したが、その明細は別表二のとおりである。

2  被告らは、被告丙野が戊野に指示して個人所有のパソコンのハードディスクに入力させる方法で本件顧客情報を不正に取得したこと、これを用いて原告会社の顧客である事業所にダイレクトメールを送付したことを否認し、積極的な反論として、①被告丙野は平成八年秋ころ戊野に命じて本件顧客資料のデータを会社支給のパソコンに読み込ませたことはあるが、同九年三月には個人所有のパソコンは社宅に置いていたため、戊野がそのころ右パソコンにデータを入力させたことはない、②被告会社は、ダイレクトメールの送付先を決めるに当たり、インターネット、電話帳、各種名簿、病院要覧等の資料を用いた旨主張する。そして、被告乙野及び同丙野は、これに沿う供述をしているので、右被告両名の供述の信用性について検討する。

まず、戊野による被告丙野のパソコンへのデータ入力について、証人戊野は被告丙野による指示の時期、作業の状況を詳細に証言しているほか、入力したパソコンが被告丙野の個人所有のものであると記憶している理由についても「会社支給のパソコンよりも被告丙野のエプソン製のパソコンの方が画面が大きかったり、違いがあったため」と説明している。戊野は、平成四年七月に原告会社に入社してから、長くコンピュータ・システム関連の業務に従事してきたこと(証人戊野の証言により認める。)、平成九年三月ころ二回目の入力をしたという供述についてはこれを裏付けるパソコンの操作履歴が残っていること(甲四二)からすれば、右戊野の証言は信用できる。これに対し、被告丙野の供述は、具体的な裏付けを欠いており、右戊野の証言の内容に照らし、措信できない。

次に、ダイレクトメールの送付について、証拠(甲四七の1ないし3、四八の1ないし3、四九の1ないし4、証人戊野、被告乙野)によれば、被告会社が送付したダイレクトメールの宛名には、プリントされたラベルに被告乙野が手書きで番地やビル名を加筆したものがあること、この加筆部分とラベルに記載されている町名等とは、被告丙野が戊野に入力させたデータでは別のフィールドに属すること、被告らがインターネットによりデータを入手したと主張する一九社のうち、B株式会社、C株式会社、D株式会社、E株式会社の四社については、被告会社がダイレクトメールを送付した平成九年九月ころにはまだホームページを開設していなかったことが認められる。被告乙野、同丙野の供述するようにインターネット、各種名簿など別の資料からダイレクトメールの宛名を作成したのであれば、右手書き部分もパソコンに入力された上ラベルの形で出力されるのが当然であるのに、被告会社のダイレクトメールはそうなっていないこと、インターネットからデータを入手したという供述は少なくともその一部は客観的な事実に反することからすれば、ダイレクトメールの送付先の選定についての右被告両名の供述は措信できない。

3  前記認定の事実、殊に被告丙野の個人所有のパソコンのハードディスクには本件顧客情報が入力されていたこと、被告会社のダイレクトメールの送付先には原告会社の顧客が多く含まれているのみならず、他社にとって有利な条件で契約を締結できる可能性のある顧客の占める割合の高いこと、その他本件顧客情報に依拠したことを強く推認させるデータの共通性が存在することからすれば、被告丙野が本件顧客情報を不正に取得し、同被告、被告乙野、被告会社がこれを利用してダイレクトメールの送付先を選定し、前記のとおり約二六〇〇か所の事業所に送付したものと推認することができる。

そうすると、被告丙野、同乙野及び被告会社の右行為は、不正競争防止法二条一項四号又は五号所定の不正競争に当たる。そして、本件顧客情報に登載された別紙顧客目録記載の者に対し、面会を求める等して放射線量の測定契約の勧誘をする等の営業行為をすることは、営業秘密を使用する行為に当たるから、右被告らに対して右行為の差止めを求める請求(原告の請求第一項参照)は理由がある。そして、右被告らが所持していると推認される別紙営業秘密目録記載の顧客資料は、営業秘密の使用という侵害行為の組成物であるから、右被告らに対してその廃棄を求める請求(原告の請求第二項参照)も理由がある。

なお、被告丁野の被告会社における職務の内容について、被告乙野は、同丁野は財務、総務を担当しており、ダイレクトメールの送付に関してはインターネットによるデータの収集と郵便の発送業務のみを行い、具体的な送付先の選定には全く関与していない旨を供述しているところ、この供述を否定するに足る証拠はなく、他に被告丁野が同丙野らによる本件顧客情報の不正取得を知っていたことを認めるに足る証拠はない。したがって、被告丁野は不正競争行為に関与していたということはできず、原告の同被告に対する請求は理由がない。

三  争点3(損害額)について

1  被告丁野を除く被告らが本件顧客情報を使用して原告会社の顧客に対し契約締結の勧誘及びこれに基づく放射線量測定契約の受注を行ったことにより、原告会社が営業上の利益を侵害されたことは明らかであり、右の不正競争行為につき、右被告らには故意があると認められる。したがって、原告は不正競争防止法四条に基づき、右被告らに対し損害賠償を求めることができるところ、その損害の額について検討する。

2  証拠(甲一六、一七、二五)によれば、前記第二の三3(原告の主張)欄に記載のとおり、平成九年一〇月から一二月にかけて、再契約の拒否又は単価の値引きないし契約周期の変更により、従前の契約内容で契約更新された場合と比べて合計で三八〇万八九二三円の減収となったことを認めることができる。

原告は、この金額がそのまま不正競争防止法四条等にいう「損害」に当たる旨を主張するが、原告の顧客が再契約を拒否したり、値引きを要求した理由は必ずしも明らかでなく、例えば放射線部門を廃止したために契約が不要になったとか、被告会社のダイレクトメールが送付される前から原告会社に対し単価の引き下げを求める方針であった顧客も含まれている可能性がある(この可能性を否定するに足る証拠はない。)。したがって、この減収分の全額を前記被告らによる不正競争行為と相当因果関係の範囲にある損害と評価するのは相当でない。右の可能性を考慮し、民訴法二四八条を適用して、原告の損害としては二五〇万円を相当と認める。

四  結論

以上によれば、原告の請求のうち、被告丁野に対する請求は理由がないが、その余の被告らに対する請求のうち、営業行為等の差止め及び営業秘密の廃棄請求は理由があり、損害賠償請求は二五〇万円及び遅延損害金を連帯して支払うことを求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・三村量一、裁判官・和久田道雄、裁判官・中吉徹郎)

別紙

営業秘密目録<省略>

顧客目録<省略>

別表一、二<省略>

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